狒々門の奥の入江のむじな島にて。

大猿の如きものを連れた天人らしきものを見たあの日から、ぼくはずっとここにいます。

届かない手紙と、夢と現実と、狂おしいくらい黒いジャムのような闇の日記。

前略。

 

略すこともないのだけれど、前置きにするような言葉も見当たらないから。

そして、きみがこの手紙を読むことはおそらくないと思うから。

 

東京できみに「さようなら」と言ってから、たぶんもう10年くらい経つんじゃなかったっけ。もちろんぼくは色んな思いがありすぎて、あの日、ほんとうはきちんと「さようなら」なんて言えなかった。

 

誰かとの日々は、特別な誰かとの親密な日々は、それが終わってしまった日を境に、なにか途方もなく遥か彼方を目的地にして走りだした獣のように、それまでの色や匂いや感触や、そういうものを連れて、すごい速さで走り去ってゆく。

 

その獣が背中にのせられるものは、身に纏えるものは、そんなにたくさんのものじゃないとは思うんだけれど、けれどそれは、あの時のぼくから奪った、奪ったなんて言い方はひどいかもしれないけれど、でもそれはあの時のぼくの、あるいはすべてだったんだと、時々そう思う。

 

いつか、きみと再び、東京の寂れた街を歩いて、そして歩き疲れて、どこか場末の酒場で酒を飲むことが、果たしてあるだろうか。

 

日が落ちると、街のあらゆる隙間がジャムみたいな闇に満ちていたあの頃、酒に酔ったきみはよくそのドロドロした暗い隙間に吸い込まれていったことを、思い出す。

 

あの頃の記憶、ぼくは少し曖昧なんだ。

 

きみと同様に、酒を飲みすぎていたから。

 

あの隙間に、ひどく汚れた様々な隙間に、飲み込まれるように、そして逃げ込むように走ってゆくきみの姿は、現実だったんだろうかって、時々思い返す。

 

きみは不思議なことに、ぼくの夜見る夢にはあの日から一度も出てこない。ほんとうに一度も。そして出てきて欲しいとも思わない。だって、なんだか。

 

ぼくが、現実世界で「好きだよ」って言った女の子は、その後、決して夢には出てこない。

 

いや厳密には違う、ぼくが「好きだよ」って言ってから、相手もぼくのことを「好きだよ」と言ってくれたなら、一緒にいる時間の中では、その女の子は夢の中にも、頻繁に出てくる。たぶん、たしか出てきたと思う。

 

ただし、その女の子との時間が終わってしまうことをトリガーとして、彼女は一切、ぼくの夜の夢には現れなくなる。

 

夢を制御しているのはぼくなのか、あるいはぼくではないのか。

 

たぶん、いや圧倒的にぼくじゃないでしょ。

 

そして今日、かなり怒り狂いたい事柄があって、それを本題にしたかったんだけれど、だから爆発のお題を選んだんだけれど、前置きの文章を書いていたら、消えちまった。

 

だから爆発のことは書かない。

 

まじあいつクソかっ!死なすっ!と思って、その怒りを書こうと思っていたんだけれど、感傷的な「手紙」なんてベタなことを書いていたら、なぜか消えちまった。

 

だから、大事なことだからもう一度言うが、爆発のことは書かない。

 

そんな爆発もあるさ。

 

かなりな爆弾、なんだか知んないけれど、無事処理いたしました。

 

おやすみ。

 

好きだって言えなかった女の子が、また夢に出てくるかな。それはそれで、あんまりいい夢じゃないんだけれど。

 

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今週のお題「爆発」